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システムエンジニアは、天職ではないけれど、適職だと思う。


久しぶりに、はてなの今週のお題、を書いてみたいと思います。

「今の仕事を選んだ理由」

 

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今は産休でお休みをいただいていますが、私の仕事はシステムエンジニアです。

学歴は高卒です。

仕事は実力社会なので、学歴がなくて困ったことはありませんが、主人はそれなりに高学歴なので、ちょっとコンプレックスに思うことも。

大人になってから大学に行きたいなあ、と思ったことも何度もありますが、なかなか行動に移せず今に至ります。

 

SEになったきっかけは、高校が商業高校の情報処理科だったので、まあ、そのままこの世界に。とはいえ、これも運命だったなーと思うことがいくつもあるのです。

 

商業高校に進学する

中学生の時から、なにか専門的な職種に就きたい!と強く思っていました。

商業高校にいくと、大学進学は難しくなるよ、というのは知っていたけれど、早いうちから専門の教育を受けたほうが得なんじゃないかと、中学生ながらに思っていたので、結局、商業高校を受けることに決めました。

 

1年生は、専門学科がなく、経理や経済など幅広く学び、2年生から専門学科に分かれる形式の学校だったのですが、まずぜんぜんダメだったのが、そろばん。

子どものころからそろばんをやってて、何段とかいう子もいる中で、暗算やひっ算のほうが早いじゃん!!というレベル。

最後まで、まったくコツをつかめないまま、複利だとかもー、めちゃくちゃ難しい問題が中間テストや期末テストにでてくるのです。

 

まったくわからなくて、テストで0点をとったことも。

1時間頑張って、まともに1問もとけなかったのです。

 

でも、その同じテストの情報処理のテストは、100点!!

情報処理は、何で間違う人がいるんだろう。と思うぐらい、私にはすんなり理解できて簡単でした。

もともとアルゴリズムの考え方をする癖があるらしく、すごーくよくわかるのです。

たまたま同じ日に担任の先生から、0点と100点のテストを返され、「一つのテストで0点と100点取ったやつ、初めて見たよ!」と笑われました。

 

なので、競争率の激しかった情報処理科への進級は担任の先生の配慮もあり、すんなり叶い、学年でも情報処理だけはほぼトップの成績でした。

ありがたいことに、学校のレベルもそれなりに高かったので、情報処理技術者の国家試験を受けさせてもらったりして、就職活動のいい武器になりました。

 

卒業後、両親は大学に行くことを勧めてくれていて、せめて専門学校でも、と言ってくれたけど、当時自分が持っていた資格より上を目指す学校はあまりに少なく、あっても最初の数年間は、すでに持っている資格を取るための授業だと思うと、行く気も起きず、それよりも就職して経験を積むことが魅力的に思えて、就職しました。

 

頃はバブル崩壊から1,2年後。

絶頂期に比べると、少しづつ求人は減ってはいたものの、それでも一人当たり数件の求人があり、うけたところからは内定がもらえる、というウハウハな状況でしたが、同学年で大学に行った人たちは卒業時にはすでに氷河期に突入していて、みんな就職に苦労したよう。

年齢的には完全にロスジェネ世代、ですが、就職が早かったので、バブルの最終期を見た気がします。

 

プログラマーからシステムエンジニアへ

仕事を続けていくにあたって、若かったし、体力も気力もあったので、残業も休日出勤も、徹夜でさえも、まったく気になりませんでした。

ハードな世界だったけど、それしか知らなかったし、そんなもんだと思っていたし。

でも、コミュニケーション大好き、人とかかわるの大好きな私には、もっぱらコーディングだけに励み、ほとんど会話のないこの仕事がだんだんつらくなってきました。

朝から、ほとんど誰とも喋らなかった・・という日も多く、同僚たちは、人としゃべりたくないからこの仕事に就いた、という人もたくさんいて、なんていうか、合わないのです。

それがつらくて、就職して2年くらいしたときに、上司に仕事を辞めたい、という話をしに行きました。

 

上司は私をとても気に入ってくれている方で、いつもかわいがってくれていたので、思ったことをそのまま、話せた気がします。

そして帰ってきた答えは、「プログラマーは卒業して、来月からシステムエンジニアになりなさい。」というものでした。

翌月から、先輩について、打合せ三昧に。

お客さんの話をきいて、議事録を書いて、仕様書を書いて、直して。

お客さんに説明に行く。

もう、本当に楽しかったです。

こんなこと言ったら、でしゃばりかしら、と思って控えていたときに、先輩から

「遠慮するな、思いついたら遠慮せず、どんどんやれ。失敗したらケツは拭いてやるから気にするな!」と言ってもらえて、思わず泣いてしまったことも。

 

それから、やりたいこと、嫌なことはどんどん人にぶつけるようになりました。

だって、黙っていて、察してちゃんになっても、行きたい方向にすすめるわけではないから。

まず、自分のやりたいこと、いやなこと、理想をきちんと棚卸して、それを口に出していれば、チャンスが来た時に周りがそこにつれていってくれるんだ、ということを学びました。

 

今はお休み中だけど、仕事人生、約20年、女性だけど、それなりのキャリアを積んで、管理職になり、大型案件のリーダーも、小さい案件をひとりでこなすことも、海外でのオフショア案件もいろいろできるようになりました。

社内、社外問わず、たくさんの素敵な方々に出会うことができて、今の自分があるんだな、と思います。

 

この仕事は私にとって、天職、とは言わないけど、適職。

しんどい時もいっぱいあるし、ほかの業種も経験したかったなーーと思うこともあるので、一生これを続けていくかは、まだわからない。

けど、20年も続けられて、休みに入った今、つらかったことよりも、あーーー楽しかった!と思えることのほうが多いこの仕事は、適職だったな、と思います。

 

まあ、傲慢かもしれないけど、SEって、センスとか、適正、向き不向きの大きい仕事だと思うから。

私は、完全に「向いてた」な、と思います。

仕事仲間とそんな話をしても、それを否定されたことは一度もないもの。

 

そんな仕事に一発で出会えたことを、今はすごーーく感謝してます。

ではでは。

 

今週のお題「今の仕事を選んだ理由」

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